2006年10月19日

田中隼磨 15の決断

今週号のダイジェストに、隼磨のインタビュー記事が載っている。
「田中隼磨 15の決断 〜僕たちの選択〜」

「1998年10月29日。」で始まるインタビュー記事の中には最初から最後まで何度も何度も「フリューゲルス」という名前が登場する。

最近「フリューゲルス」という文字を目にするのは、隼磨の記事だけになってるような気がする。
チームがなくなって8年、選手たちにとって、フリューゲルスよりも、その後在籍したチームカラーに染まってしまうのはしかたないことだ。記事などの中で、ヤットはガンバの中心選手として、アツも神戸の大黒柱として、ナラは名古屋のキャプテンとして、描かれることは当たり前。経歴紹介の中でフリューゲルスというチーム名を見つけることはできるが、「フリューゲルス」が前面に出てくることは今となってほとんどない。

ところが隼磨の記事には、いまだによく「フリューゲルス」が登場する。
今回のダイジェストのインタビューは特にだ。
記事を読んでもらえばわかるが、フリューゲルスに加えマリノスは、隼磨のこれまでのサッカー人生のターニングポイントに深く関わり、特にフリューゲルスは、在籍期間が1年に満たないにもかかわらず、彼の中で大きなウェイトをしめていると語ってくれている。

記事中で隼磨はこんなことを言っている。「辞めていったフリューゲルス時代のチームメイトの代表として俺は、絶対にマリノスでトップになるんだって思ってました」
本当泣かすこと言ってくれる。

ただ、「フリューゲルスはなくなったわけじゃない。ちゃんと”F”がついているから」、これには残念ながらギャップを禁じ得ない。これは選手とファンとの違いがあり、しかたないと思うし、隼磨にとやかく言うつもりもない。が、僕らは、隼磨を熱烈に応援はするが、今所属するチームだけは絶対に応援できない。応援できるできないではなく、本能的に体が拒絶する。そのことだけはわかってもらえるといいなと思う。

フリューゲルスを風化させないために [ブログ・ランキング]
posted by taku at 01:25| Comment(0) | TrackBack(1) | 田中隼磨 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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ハユのインタビュー
Excerpt: ちょっと前のダイジェストに、隼麿のインタビュー記事が掲載されていた フリューゲル
Weblog: flugels is forever
Tracked: 2006-11-02 23:29

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